アリストテレスの愛人はホモ男

アリストテレスといえば、西洋最大の哲学者の一人。ソクラテス、プラトンと並び称され、哲学に限らず科学や数学的な幅広い分野に数々の業績を残し、「万学の祖」とも言われます。アレクサンドロス大王の家庭教師だったことでも知られています。

アリストテレスの妻ピュティアスは権力者の縁者で、アリストテレスもその恩恵にあずかったと思われますが、早世してしまいます。その後、ヘウピュリスという女性と同棲しますが結婚はしませんでした。妻との間にも、愛人との間にも子どもがおり、ノーマルな結婚生活を送っていたと考えられますが、男の愛人も囲っていました。

古代ギリシアでは美少年を愛人にすることが大流行

紀元前4世紀ころのギリシアでは、プラトンの説く「プラトニック・ラブ」が美の極致とされ、男女の肉欲に対して否定的な考えが流行します。知的会話を中心とする男性同士の関係こそが、魂と魂の出会いの場と考えられ、女性は愚かな存在と見下されました。

そこから、少年を愛することが美しいという思想がうまれ、哲学者たちの間で、同性愛が流行します。アリストテレスにもエルメアスという青年の愛人がいて、雄弁家のデモステネスにはクノシオンという青年が、思想家のエピクロスにはピュトクロスという美少年の愛人がいました。

古代ローマでも男色は盛ん

古代ローマの時代にも同性愛は盛んでした。イエス・キリストが刑死したときのローマ皇帝ティベリウスは、妻もいましたが、少年愛も好みました。全国から美少年を集め、洞窟に閉じ込めて愛したと言われます。フェラチオを上達させるために少年たちの歯を抜かせて、ティベリウスが裸で泳ぐ周りで、少年たちが競ってペニスを吸ったり舐めたりしたとされます。

ティベリウスの後に皇帝となったハドリアヌスは、愛人の美少年の股間に穴をあける手術をさせ、失敗して殺してしまったと言われます。3世紀の皇帝ヘリオガバルスは15才で皇位についた若き皇帝ですが、性的倒錯が常軌を逸していたと言われます。全国に密偵を派遣して巨根の持ち主を探し出したり、夜になると女装して王宮を抜け出し、男性たちに体を売っていました。しまいには、王宮内に淫売宿をつくり、自分が娼婦となって男たちを迎え入れたりもしました。

歴史上は、哲学者や皇帝たちも同性愛を好んでしています。アリストテレスには妻もいましたが、男の愛人もいました。ローマ皇帝の中には、男性に体を売っていた人もいます。