封建君主の初夜権

現代の日本でも「処女」をしっかり守る女性はいますし、セックスにおおらかな欧米でも、経験なカトリックの女性の中には、結婚するまで処女を守り通す人もいます。女性が処女であることは、「遊んでいない」ことのあかしですし、男性にとっては、経験のない女性を自分の色に染める喜びを感じられるものでしょう。好かれることはあっても、嫌われることはまずありえません。

しかし、処女が出血することが原因なのか、昔のヨーロッパでは処女は危険なものと考えられていました。そのため、花婿に災いが起こらないように、あらかじめ僧侶や花嫁の父親が処女の娘と性交することがあったそうです。

「危険」な処女を君主が奪う「初夜権」

古代ギリシアでは、嫁入りの前に、僧侶が動物のかぶりものをして娘の処女を奪っていました。ギリシャの美術書をみてみると、半獣神が巨大な男性器をふりかざす絵がありますが、これが処女を破る僧侶の姿です。獣となって娘たちを怯えさせていたのでしょう。ふだん性行為をしていない僧侶が勃起出来ないと困るので、自信をつけるための装束だった可能性もあります。

こうした習慣はしだいに、特権階級に利用されるようになります。封建君主は、自分の領土内の農夫の娘が嫁に行くときに、処女を奪うことのできる「処女権」を持っていました。16世紀のチューリッヒの州議会の取り決めには、「小作人が結婚する時には、領主は花嫁と初夜を過ごす権利がある」と明記されています。これを拒否するときには、花婿は君主にお金を支払わなければなりませんでした。

処女をお金で売買する風習もありました

古代アフリカの種族の中には、嫁をもらうときに友人たちに差し出して性交してもらい、花嫁が処女かどうか確認する儀式がありました。処女を奪う友人たちにとっては「おいしい」役割だったため、そのうちに、花嫁の父親が娘の処女を売るようになったそうです。

別の種族は、年頃の娘を着飾らせて集落を練り歩いた後で、街中に座らせてオークションのようなセリにかけ、お金を払った人に初夜の権利を提供していました。

エーゲ海の島では、旅人に娘を提供して処女を奪ってもらっていたそうですし、フィリピンの島には花嫁の処女を奪う「破瓜」を職業としていた人がいたと言われます。チベットでは処女は結婚できないという風習がありました。

古代には世界中いたるところで「処女」を嫌う習慣があり、ときには売買の対象とされていました。「女性蔑視」的な考えがあったのでしょう。愛する人と結婚する前に、ほかの男性に処女を奪われるというのは、どんな女性にとっても楽しかったとは考えにくいのではないでしょうか。