祭の一番の楽しみは乱交だった!?

日本の至るところに「祭」があります。農作物の豊作を祈るためのものが多く、神社やお寺を中心として行われるものが大半です。世界の至るところにカーニバルは存在し、そこで求め、祈るものは、豊かさや子孫繁栄に結び付いていることが多いようです。祭の裏側にあるもうひとつの目的は、ストレスの発散です。厳しい労働に耐え頑張ってきた村人たちは、仕事が一段落つくころに祭で踊り騒いでエネルギーを解放します。

古来、豊かさを祈念するために人々は集まり、そこで燃え上がることで、来年も再来年も頑張ろうと決意を固めるのです。そこには精神的・魂的なものが存在し、何らかの特別な体験ができるものだと信じられてきました。労働の中心は男ですので、祭の中心も必然的に男になります。男たちが日頃たまったものを発散する機会ですので、単に情熱の発散にとどまらず、激しい運動が伴いますし、さらには性欲の発散も起こります。日本中の多くの祭が、かつては乱交の要素を持っていました。男たちの性欲を受け止めるのが女の仕事。村の繁栄のために必要な奉仕だったのでしょう。

フンドシからはみ出すモノに女も震える!?

祭と言えば、男の正装はフンドシ一丁です。上にハッピ(法被)を羽織ることはありますが、下半身はフンドシだけ。御輿(みこし)を担ぎ上げ村を練り歩き走り回れば、フンドシの脇からタマがこぼれたり、サオがはみ出したりすることもあります。周りを着飾った女たちに囲まれれば、勃起してしまうこともあるでしょうけれど、フンドシの場合は一目瞭然でわかります。

祭の熱気で上気した女たちは、はみ出したモノや勃起を見てさらに興奮します。男も女も祭の中で性欲を高めていくのです。そして、夜。現代と違い村は真っ暗闇です。どこで誰が何をしていても、見えません。多くの男が女を物陰に連れ込み挿入しました。祭とはそういうものだと女たちも思っているので、喜んで向かい入れます。時には、2、3人を相手にすることにもなりますが、構いません。子どもは村の財産ですので、必ずしも父親が特定される必要はありません。人妻が夫以外の男に抱かれることもあり得ます。古来、祭には性的なエンディングが伴っていたのです。

若い男女の出会いの場でもあった

昔の人々は年中働き通しです。毎週日曜日は休み、という習慣が定着したのは明治時代以降のこと。それ以前は、休みなく毎日働くのが普通でした。そのため、若い男女にとっては、異性との出会いのチャンスは滅多にありません。祭の時にでもつかまえなければ、恋愛をすることができないのです。男も女も、祭を貴重な出会いの場と考え、何としてもこの日に「やりたい」と集まりました。

美人がいいとか美男がいいとか、おっぱいが大きい方がとかぺニスが大きい方がというような贅沢など言っていられません。皆が、「今日こそは必ずやる」という決意を持って臨むので、あっという間にカップルが成立します。まごまごしていては乗り遅れてしまうので、選んでなどいられません。その結果、一人の男が何人にも挿入したり、一人の女が何本も受け入れたり、ということが起こりました。それが、祭の「普通」だったのです。

古来、わが国の祭は乱交へと発展する流れを持っていました。誰かが、「乱交しよう!」と決めたわけでなく、自然な流れとしてそうなっていったのでしょう。