伊藤博文は性豪だった?

伊藤博文といえば初代総理大臣。そして紙幣のモデルになるほど偉大な人物でもあります。明治日本を近代化させた立役者ですが、実はあちらのほうも偉人だったようなのです。

日本初?カーセックスの始祖

じつは伊藤博文、女遊びが激しかったそうです。毎日のように吉原に行くのは当たり前。寝床では必ず芸者を両脇に寝かせて楽しんでいたそうです。精力絶倫ですよね。さらに、カーセックス(といっても馬車ですが)を初めてした日本人とも言われています。
いつものように、吉原にて楽しんだあと、馬車で自宅へ帰るところでした。すると、とある橋を渡ろうとしたところ、そこにとても美形の芸者がいたのです。伊藤博文の好みだったようで、すぐさま馬車を降りて芸者を口説きました。伊藤博文に口説かれていやと言える芸者はいません。また、その対価も通常より多く支払っていたとの俗説もあります。そうして馬車に連れ込み、いざ自宅で一戦というところだったのでしょう。
しかし、伊藤博文はそこまで待ちきれませんでした。そしてなんと、馬車の中で、芸者とセックスしてしまったのです。後に、その芸者は「馬車の中が狭くて体が痛く、イヤだった」と周囲に話していたそうです。それがなんと、明治天皇の耳にも入り「女遊びは少し慎むように」と言われたそうです。

伊藤博文の偉さ

しかし、一方で、伊藤博文はほかの女遊びをする当時の男性とは違った一面があったようです。
どちらかというと、妾や芸者は当時の男性にとって所有物のような扱いを受けていました。ですから、体が不自由になったり、容姿が衰えるとお払い箱になるケースもあったようです。もっとひどい場合には、単なる性処理の相手としか見ず、人格を無視したような態度、言動をとる人もいたようです。
しかし、伊藤は女性を一人の人間として丁重に扱い、いやがる場合にはセックスを強要したりはしなかったようです。また、女性が学問、教養をつけることにも賛成しており、よく芸者あいてに百人一首や世界情勢の話をしたりしていたようです。

酔うと攘夷の頃の血が騒いだ

酔っぱらうと、幕末の頃を思い出し「当時の志士たちのためにも、自分は日本を強くしなければならない。そのためにも自分はできることをする」そう言っていたそうです。また、高杉晋作を慕っており、高杉晋作をたたえる石碑には「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し、衆目駭然として敢えて正視するものなし。これ、我が東行高杉君に非ずや…」という碑文を送っています。
やはり性欲と行動力は重なる部分もあるのかもしれませんね。

余談ではありますが。

性豪伝説の余談ではありますが、もしもEDに悩んでいるとしたら、早めに対処したほうがいいかもしれません。EDは心の積極性にも影響すると言われています。あそこが元気でないと、何か自信を持てなくなるという一面もあるようです。
心因性の場合もあるようですので、専門のクリニックを受診することをおすすめします。専門医は経験も豊富で、様々なケースに対応できます。また、最近ではバイアグラなどのED治療薬の種類も豊富になり、場面や環境に合わせた使い方ができるようになりました。一人で悩まずに、受診することをおすすめします。