ローマ皇帝も経営した娼家

古代ローマ時代の皇帝たちの中には、横暴な政治をおこなった人が大勢います。権力と富を手にして、好き放題に暮らし、セックスの面でも奔放でした。その流れの中で、趣味と実益を兼ねた商売として、売春宿を経営しました。

ティベリウスの享楽の館

暴君とも言われる紀元前1世紀の皇帝ティベリウスは、カプリ島に隠棲した際に、乱交のできる大売春宿を建設しました。ローマ帝国各地から美少年や美少女を強制的に駆り集めて、一大享楽宿をつくります。皇帝の命令なので、本人も親も拒否することはできませ ん。たとえ拒否しても、数日後には誘拐されてしまいました。

当時すでにティベリウスは70代で、普通なら勃たなくなってもおかしくない年齢ですが、性欲は旺盛で、さまざまな趣向のセックスを楽しんだと言われます。「寝椅子の間」で、2人の少女と1人の少年をありとあらゆる体位で交わらせたり、洞窟や庭園内に「魔 窟」をつくり、訪問者を少年少女に接待させました。

狂気の独裁者カリグラの高級娼館

ティベリウスの後継者で、狂気じみた独裁者として有名なカリグラは、性的倒錯者でした。宮殿内に豪華な売春宿をつくり、ここに貴族や名士の妻や娘を連れてきて、身を売らせました。皇帝の命令なので、女性たちは断ることはできません。料金は高いけれども、 豪華な部屋で高貴な貴婦人とセックスできるというので、人気の娼館となったそうです。

売り上げは皇帝の収入になるため、客は皇帝に貢献したとされ、「権力の貢献者」として宮殿の入り口に名前が掲示されました。

暴君ネロの売春宿

人類史上初めてキリスト教を迫害したことでも有名な暴君ネロ。さまざまな奇行の記録があり「花嫁衣装を着て奴隷と結婚した」「美少年を去勢させて妻にむかえた」などと言われます。ネロは、バイアエ湾の池の周りに娼館をつくり、戸口で全裸の女性に客引きを させました。貴婦人や処女を無理やり娼婦にして、指名されれば身を売らせたりもしました。

娼婦になった皇帝の妻

ローマ帝国第4代皇帝クラウディウスは、家庭に恵まれず4度結婚し、最後は妻に暗殺されたと言われます。そのクラウディウスの3番目の妻メッサリーナは淫乱で有名。貴族たちに夫の命令として関係を迫り、拒否した者は処刑したそうです。欲望に際限のないメ ッサリーナは、愛人から勧められて、娼婦に扮して娼館で男性のお相手を始めます。夜になると宮殿を抜け出し売春宿に通い、見ず知らずの男たちに身を任せました。1度性交するたびに、コインを一枚ずつためて、何人の男と寝たかを記録したそうです。

古代ローマでは、皇帝も性的にふしだらな人が多く、娼館を経営したり、みだらなセックスにおぼれたりしていたようです。