ローマ法王たちの梅毒

16世紀のヨーロッパでは、どこでも梅毒が流行していました。スペインでは梅毒は「宮廷病」とも呼ばれ、放蕩三昧の王家で大流行します。乱れた生活を送っていたローマ法王たちも、例外ではなく、次々と梅毒に感染します。59才でローマ教皇に就任したユリウス2世も例外ではなく、ひどい症状だったと言われます。

老教皇の梅毒

ユリウス2世が59才で教皇になってから感染したのか、それ以前に感染していたのかはわかりませんが、高齢にもかかわらず、教皇が売春婦とセックスしたことは間違いありません。こんなところからも、当時の宗教界は乱れに乱れていたことがわかります。侍医は「法王のどこを見ても、おぞましいウミだらけだ」と書き残しています。

ローマ法王はキリスト受難の記念日である聖金曜日には、信者らに自分の足に接吻させる習わしがありましたが、足の指先まで病に冒されていたために、できなくなりました。

名家ハプスブルク家でも広がり、生まれた子どもは先天性の梅毒にかかっていたために、次々と早死にします。それで1736年に王位についたのは、マリア・テレジアという女性。兄弟が皆亡くなってしまったために、女性ながら王位を継承しました。マリアは梅毒の治療の専門医を高給で迎え入れ、徹底的に治療を受けます。そのおかげで、マリー・アントワネットという健康な美人が誕生しました。

妻を寝取った復讐で梅毒にかかった王

16世紀のフランス国王フランソワ1世は、とんでもない女好き。法学者フェロンの妻が絶世の美人であることに目をつけ、権力を用いて籠絡します。妻を寝取られたフェロンは怒り、毎晩のように娼館に通って自ら梅毒に感染します。自分の梅毒を妻に感染させ、そうして、妻とセックスをしたフランソワ1世に感染させました。

レオナルド・ダ・ヴィンチの作品に「麗しのフェロン夫人」があります。王への復讐のため、梅毒を感染させられた妻の肖像画です。

その他にも多くの有名人が梅毒にかかっていたと言われています。ボードレール、ゴーギャン、ゲーテ、ベートーベン、ハイネ、モーパッサン、シューベルトなどなどです。晩年のベートーベンが内臓の病気に苦しみ、耳が聞こえなくなったのは、梅毒のせいだったのかも知れません。

コロンブスの持ちこんだ梅毒は、ふしだらで乱れた生活をつづけるローマ法王たちや王たちの間に、またたく間に広がりました。有名人のなかにも、感染した人は大勢いました。