吉原にはガイドブックがあった!?

インターネットの発達した現代においては、どこに行くにも予め仔細(しさい)に調べることができます。銀座に美味しいお店がオープンしたと聞けば、どんなメニューがあるのか、価格はいくらか、店の雰囲気はどうなのか、といった事柄についてかなりの情報を得られるので、事前に行くか行かないかの判断をすることができます。性風俗店でも、どこの店にどんな女の子がいてどんなサービスをしてくれるのか。気持ちよかったか、思う存分に射精できたのか、費用対効果はどうか、満足したかどうかといったことも分かりますので、安心して店に入ることができるでしょう。

風俗嬢の顔やスタイルも分かれば、どの子を指名したいかを決めてから出掛けられますし、せっかくの機会をより楽しむことができるようにもなるはずです。 事前情報というのは、色んな場面で役立ちますが、ネットが普及する以前には、雑誌がそうしたネタの提供元となっていました。

今でも残ってはいますが、かつては紙媒体が色んな情報の発信源で、多くの人に購読されていたものです。雑誌による詳細な調査と正確なインフォメーションは、特にエッチ系の分野では重宝され、虎の巻的に役立ちました。そのルーツとなる見聞録ができたのは、実は遥か昔の400年前にまで遡ります。江戸時代の吉原には、ガイドブックが存在していたのです。

どんな遊女がいるのかは、皆が知りたがっていた

いつの時代も、「やってから後悔したくない」という男性は少なからずいます。せっかくお金を払ってするのなら、十分満足したいと考えるのは当然でしょう。江戸の時代には電車やバスもありませんので、吉原遊郭に出向くだけでも小さな「旅」です。労力をかけ大金を支払うのですから、十分に下調べをしたいと誰もが考えます。初めてディズニーランドに行く人が、どこにどんなアトラクションがあるのか、お土産はどんなものがいいか、といったことを調べるのと同じことです。

そうしたガイドブックの元祖が「細見」(さいけん)。読んで字のごとく「細かく見る」ものです。1641年に江戸を訪ねた東北人が書いた「あづま物語」に、吉原の訪問記も描かれており、それが評判となって「体験記」のようなものが出版されるようになりました。18世紀の後半に登場した「吉原細見」は特によく読まれ、年に2回の定期発行物として、吉原好きにはなくてはならない存在となりました。地方から江戸に来た人が田舎への「土産品」として持ち帰るということもあったようです。

クチコミ本もでた!?

細見には、どこにどんな遊女がいて料金はいくらなのかといった情報が書かれていましたが、「もっと知りたい」という欲張りな人向けに、「評判記」というものも発行されています。遊女の美貌などについて「個人的感想」が語られていました。目的は「最高の一発」にあるわけですので、勃起しなければ話になりません。

それゆえ、しっかり立たせるための方策や、ビンビンになる薬の紹介などの記事もありました。今でいうなら、バイアグラの効能を紹介するようなものでしょう。いつの時代にも、「立たせること」「固くすること」は、男性にとって、大きな問題なのです。

吉原へ行くということは、当時の庶民にとっては、現代人が海外旅行をする以上の一大イベントでした。それだからこそ、「細見」のニーズも高かったのでしょう。