江戸の遊郭「吉原」は世界一のパラダイスだった!?

わが国で最も大きく有名なソープランド街といえは、東京吉原。きれいな女性と安全に楽しくセックスしたい男たちが、毎夜集まる性風俗のビッグタウンです。世界的に見ても、これほどまでに清潔で安全性の高いセックスを大量に提供する街は珍しいでしょう。東南アジアには、低価格で色んな女性と遊べる場所はいくらでもありますが、必ずしも清潔ではありませんし、安全とも言えません。欧米各国にも売春タウンはいくつもありますが、吉原ほどに洗練されているところはないでしょう。

「ソープランド」という名前の通り、バスルームの中でセックスするわけですが、世界にはお風呂つきの売春宿はそれほどあるわけではありません。外国人たちは、シャワーも浴びずに行為に及び、いたした後も洗い流さないのです。他人の精子の残るアソコをクンニする、ということは外国ではよくあることです。ソープは清潔好きな日本人ならではの特殊な性サービスと言えるでしょう。

とはいえ、現代の吉原は単に「射精を楽しむ場所」に過ぎません。かつては、今よりずっと美しく華やかで、セックス以上の楽しみ喜び、文化を提供する場所でした。国中の男たちの憧れの場所であり、女たちにとってはファッションの発信基地。吉原は、欲望の街であるとともに、夢の街でもありました。江戸時代のわが国は、世界の歴史上に類を見ない、未曾有のパラダイスを築き上げていたのです。

電気もない時代にこうこうと輝いていた!?

江戸時代の吉原を想像するには、ラスベガスをイメージすると近いのかもしれません。不夜城という表現がピッタリで、朝まで灯りが点り続けていました。現代のようにどこにでも街灯がある時代ではありません。夜になれば、中心部ですら一人で歩くのが怖いほどだったはず。江戸の街中がまっ暗闇に包まれる中で、吉原だけが光輝いていたのです。遠くから眺めれば、そこだけが宙に浮いているようにさえ見えたはずです。

吉原は夜の江戸のシンボルであり、国中の男たちが一生に一度は覗いてみたいと夢見る街でした。単に、美しい女に性欲を爆発させ、精子を思いっきり噴射するだけの場所ではありません。皆が憧れるユートピアだったのです。

格式高い性の楽園だった

遊女というと、誰とでも簡単に寝る女をイメージする人もいるでしょうけれど、吉原の女たちは、そうした安っぽい女郎ではありません。上級の女たちはしっかりとした教養やマナーを身に付けている者ばかり。下手な田舎者では、まったく歯が立たないほどの品格を備えていました。

花魁(おいらん)や大夫(たいふ、だいぶ)と呼ばれた最上級の遊女は、気に入らない客とは寝ることはありませんでした。そのため、初対面のときには、客の方が気に入られるように振る舞わなければならなかったのです。しかも、初日からいきなりセックスすることはありません。それどころか、言葉を交わすことすらできなかったのです。花魁と親密な関係を結ぶためには、2回通って人物を見てもらった後に、ようやく3度目に一緒に寝ることができました。

江戸の吉原は、世界最高級の歓楽・享楽街でした。そこにいる女たちは、単にセックスが上手いだけでなく教養もあり、気位の高い者たちばかり。そうした場所で、男たちが一晩中金を使い、遊びまくっていたのです。